表参道・青山の歴史

*表参道

*表参道

東京は表参道といえば、原宿、青山、神宮前などの総称で「ファッション」や「おしゃれ」という言葉を思い浮かべる人も多いでしょう。

しかし、もともとはその名が表す通り”参道”で、明治神宮が建設された1920年の前年、1919年に設置されました。つまり現在の表参道からイメージされる、ブランドショップなどによる海外文化の情報拠点的な位置付けからは、かけ離れた歴史を有しています。

この純和風の地に西洋文化が入り込んだのは、第2時世界大戦後、GHQ将校の住居施設ワシントンハイツが建設され、多くのアメリカ人が表参道周辺に 集まったこと、その傾向を受けて彼らを相手にした店舗が多数出店(海外の玩具を揃えた店舗や東洋の陶磁器などを扱う店舗など)したことに端を発します。

さらにその後、東京オリンピックが開催され、ワシントンハイツが選手村として利用されたため、より海外文化の影響が当地になだれこんできました。新しい文化によって洗練された街となったため、当時の若者らからはトレンド・ファッションの拠点と目されるようになったのです。

ただ、先述の通り、あくまでも参道であることを地元の人々が忘れなかったことは、特筆に値するでしょう。

91年ごろからスタートした表参道の電飾についても、地元商店会などが試行錯誤を繰り返し09年ごろに本格的な電飾ストリートを完成させましたが、 やはり参道のため環境配慮(ケヤキ並木の保護なども含め)にはかなり慎重に取り組まれたようです。また、電飾は単なるイルミネーションではなく明治神宮へ の「光の奉納」という側面もあります。

和と洋の文化が融合した街、それが表参道。こうした歴史を振り返ると、また違った街の顔が見えてくるかもしれません。

*青山

*青山

  青山は、行ったことのない人でも、お洒落というイメージが湧いてきます。高級店やオフィス、マンションなどが立ち並び、人の流れが多く活気のある街で す。

青山の歴史は、石器時代から人の営みがあったと言われています。今も有名な青山墓地からは、縄文式土器が出土 されていました。

江戸城が築かれる前には、東京の多くの土地を江戸氏が所有していましたが、城が築かれた頃には江戸氏の勢力が 衰え、その後、徳川家康の重臣であった青山氏に現在の青山の地を与えました。

青山という地名の由来は、この青山氏から来ています。その後も青山氏の末裔は、近年まで青山の地で商売を営ん でいました。

江戸時代や明治時代には、青山○○町という町名が多くありましたが、昭和41年(1966年)に町名が変更さ れ、青山通りを境として北青山と南青山という住所ができました、これによって、現在では単に「青山」という住所は存在していません。

青山一丁目駅が開業したのは昭和13年で、現在では銀座線、半蔵門線、大江戸線が乗り入れており、交通の発達 と共に街も発展していきました。多くのショップや企業が軒を連ねる中、住宅地や緑地帯は残っており、発展しつつも歴史の名残が見られる街です。   

地域の文化や人々の雰囲気など

*表参道

*表参道

原宿を含む表参道一帯は、誰もが知る、そして海外からも注目されるお洒落な街です。

表参道でのショッピングは、最先端のもの、お洒落なもの、レアなもの・・・いろんな文化があり、流行の発信地でもあります。街ゆく人も皆お洒落で、多くの外国人から日本人はお洒落でカワイイ、と言われるのもこの街の雰囲気を見ての事です。

表参道という名の由来は、明治神宮の参道として作られた事からです。そのため、都道413号線の青山通りから神宮交差点までを表参道としています。 通り沿いには、有名ブランドの店舗が立ち並び、お洒落をしてウィンドウショッピングをしながら歩くだけでも、ワクワク楽しくなります。

また、裏通りには住宅や個性的な小規模店舗も並び、色々な顔を持つ街でもあります。そのため、様々な文化や人を受け入れられる地域性なのか、観光客や買い物客、外国人や働く人達など、表参道に来る人も多様です。

また、クリスマスシーズンのイルミネーションが有名で、夜のデートにもオススメの通りです。

*青山

*青山

「オシャレ」「高級」など洗練された街というイメージの強い青山。

ブランドショップやリビング関係のショールームなども多く見られる当地ですが、初めて来た人には、一体どこからどこまでが「青山」なのか分かりにくいところもあります。

もともとは徳川家康の家臣、青山家の別荘があったことからその周辺に「青山」を冠した地名が出来たということですが、いわゆる青山という地名は無く、北青山1~3丁目、南青山1~7丁目が当該地区となるそうです。

大人感覚のブランドショップや飲食店、様々なアートの発祥地という趣に加え、どこか懐かしいレトロ感も、この街の特徴です。

都心ながら静かな雰囲気に浸れるとして人気のスポット根津美術館が戦後に建設されると、その影響で当地には骨董品店が集まるようになりました。こうした背景が、骨董通りなどの街並みにレトロな雰囲気を今に伝えているようです。

骨董通りも現在では骨董品店は影を潜めており、イタリアンやフレンチを中心とした飲食およびヘアサロン、アパレルなどの店舗が増えていますが、時代 は変わっても街が醸し出す雰囲気は、ただ新しいものに取って代わられたのではなく、新旧が融合したものとして、訪れる人に刺激と落ち着きを与えているとい えるでしょう。